福祉をかえるアート化セミナー2019を経て

◆ 風間(代表)のアート化セミナー2019を経て

7月20、21日で奈良のたんぽぽの家で行われた

『福祉を変えるアート化セミナー』に参加してきました。

全国から100名以上の福祉、アート関係者が集まり、

丸2日間に渡ってこれからの福祉の可能性を考えるユニークなセミナーです。

自分はここ4年くらい毎年参加していますが、

今年は久しぶりに講師として富士宮のEPOさんと共に呼んでいただきました。

それはありがたいのですが、かなり悩みました。

毎年勝手に二次会に参加して飲み倒している自分を見ているたんぽぽの家の方たちは、

「あの人はいかれてる、何か面白いこと話してくれるだろう」

と思って指名してくれたと思います。

しかし、私は自分のことを「アートの人」ではなくて、

「自閉症支援の人」だと思っているので、

自閉症の特性に合わせた支援、その根拠、自立課題についてなどは得意ですが、

アートのことを知りたい人に対して

「はて、何を伝えられるのだろうか??」と。

結果として「環境を整えることで生みだされるアート」というテーマで、

自閉症の方たちには絵や表現そのものも大事だけど、

それを生みだす「環境を作ることがいかに大切か」を事例を通して話しをさせていただきました。

その事例を集めた時に、

各園のスタッフの工夫や子どもたちの目線に立った支援をしてくれていることを知りました。

▼ 視覚、聴覚の刺激に弱い ⇒ パーテーションで個別の場所を作る

▼ いつアートをすればいいか分からない

⇒ 個別のスケジュールに「〇〇(具体的なアート活動)の時間」と明記する

▼ 何を描いたらいいか分からない(想像力の欠如)

⇒ スタッフが下絵を用意してなぞることで、

アートに関われる なぞることも難しい児童にはシールを貼るなど、

ハードルを下げた代替えを用意する

⇒ それをビンや額縁に施すことで仕事に繋げる可能性を探っている

▼ 決まった流れを好む

⇒ 毎月同じルーチンで繰り返すことで身に付き、

家庭でも実践している 個人的にはアートは別に万能でもゴールでもないと考えています。

そもそも「アート」の定義が何であるか分かりません。

でも、障がいのある人たちが自分らしさを《表現》できる手段としてとても有用だと思います。

学校では「平準化」を求められますし、それも社会や生活ではとても大切なことでしょう。

しかし、彼らの個性を認めて、

その個性から生みだされるものを活かせる場面があっても良いのではないのでしょうか。

そんな彼らのユニークな《表現》を、

ハチエイチを通して多くの人たちに知っていってもらう仕組み作りをしています。

今後も破天荒な取り組みで周りからはいろいろ言われると思いますが、

特性をポジティブに受け入れた根拠ある支援を軸に、

自閉症の人たちにとって安心できる場を作ることを第一に考え、

その上でカタチに捉われない表現をしていくつもりです。

あっ、最後に捕捉です。 今回は3名でセミナーに参加してきました。

▼ 風間(代表)・・・ 誰とでも話す、とにかく強い印象(良くも悪くも)を残す

▼ 伊藤(デザイン担当)・・・ 話したくない、でも具体的にどう動いていくかは考える

▼ 秋庭(就労担当)・・・ 風間がやり散らかした後の処理、地ならし

みんなポンコツなので一長一短。

健常部隊もそれでいいし、それが自分たちの強みでもあるかなと思っています。

風間(代表)

◆ 秋庭(就労担当)のアート化セミナー2019を経て

梅雨も明けぬどんよりとした空の下、奈良へ出発。

最初の驚きは、車で行くとの事。

奈良…遠いよね、修学旅行だねぇ、なんて思いながら交代でハンドルを握る。

でも、なんだか遠いけど、着いちゃいました「たんぽぽの家アートセンターHANA」

白髪の小さなおじいちゃんがおります。

このおじいちゃん理事長さんでした!

若いスタッフにも声をかけ目配り気配りの方。

年齢はおうかがいしませんでしたが、

15年前からこのセミナーをやっているってことは、

アートとかアール・ブリュットって考え方の開拓者であり、

スタッフの理解者でみんなの応援者なのだろう。

この業界の、この年齢の理事長さんって、

ガチガチ頭のイメージが強かったので驚きました。

だって我が理事長さんはお若いですよ、

だからアートとか話してても、そうだよね、そうなんだよって思えるけど…

この理事長さんただものではないのですね。

2日間のセミナーの講師さんたちは、それぞれに素晴らしく(当たり前ですけど)

お名前を書いておきますので、みなさんHPを見てみてください。

そして、自分の目で見て興味のある所を訪ねてみてください。

みなさん惜しみなく手の内を見せてくれることでしょう。

▼ 一般財団法人たんぽぽの家

▼ 熊倉 聡敬

▼ サンドウイッシュズスタジオ[三明治工]:李さん/台湾

▼ 若狭公民館館長:宮城 潤

▼ はじまりの美術館:大政 愛

▼ NPO法人Lanka:大山 真司

▼ 社会福祉法人みぬま福祉会工房:小和田 直幸

▼ NPO法人エシカファーム:風間 康寛

▼ NPO法人EPO:高橋 智

▼ 山口大学:冨本 浩一郎

▼ 社会福祉法人ぷろぼの:橋本 高志

▼ 現代美術作家:檜皮 一彦

▼ やまなみ工房:栗田 淳一・早川 弘志

2日間、いろいろな方のお話を聞き、作品を見て「アート」に浸り、

それを社会的評価の当たるものにしていくことを目の当たりにしました。

この仕事についてから「アートを」「アートって」と考えてきましたが、

答えは出ず、霧の中のままでした。

しかし、今回のセミナーに参加し、あるプログラムを一緒にやっていた

「アサダワタルさん(今回のセミナーには関係ありませんが)」

が言っていたことを思い出しました。(霧の中から光が少し見えた感じ)

成功者を見て、そこに自分も行きたくなって手法を知りたくなる。

セミナーや、研修、どれに参加しても「それで?」「で???」と思っていました。

成功体験を話されても、成功した事は理解できるけど私はどうしたらいいの?

うちの利用者さんはどうしたらいいの?

どうしたら成功できるの?

どうやったら何を真似したら工賃産み出せるの?「で!?(怒)」

でもアサダさんに、結果ではないんだよ、結果も大切だけど、結果は残すけど、

途中変更があってもよくって、このことをやることが素晴らしいんだよ、

だからやった事を丁寧に記録に残そう、それが文化だよね。

と何度も何度も話してもらったっけ。

その時は、意味がわからず、結果を手にしたいって気持ちがいっぱいで

「なぞかけ?問答?難題」と感じていた。

今更だが根気よく付き合ってくれたアサダさんにお詫びしたい。

たんぽぽの家さんも、どの登壇者の方も、

今まで障がい者支援に真摯に向き合ってきた人たちも、

できる事に目を向けるそれを積み重ねて頭をひねり形を成し、今がある。

とても抽象的な表現しかできない私の言語能力に、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、

この成功者と呼ばれる方になる必要はなく、

でも、見方、考え方、プロセスからヒントをもらう、つながる。

そしてウチのなみんな(利用者さん)は?と、いろいろなことを試しながら、

湧き出るもの(それが常識に縛られたものでも)に向き合っていきたいと思いました。

「芸術か非芸術か」とあるように、天才的な絵や造形をする方もいます、

常識になんてとらわれる概念もなく、

見ただけで「芸術は爆発だ!」と思う作品もたくさんありますが、

常識にとらわれて生きていきたい人もいます。

売れる作品、障がい者アートと呼ばれるにふさわしい色や形、

自由を感じる作品を作る事に抵抗感がある人だっています。

障がい者、当事者、障がい者アート、なんだか枠にあてはめてしまいそうになります。

常識や概念にこだわらない湧き出るものをアートと呼び、

それをスタッフが日を当て、生きるための糧としお金を得られるように、

世の中からの評価を得る事で気が付く自分の価値のために、仕事とする。

みぬま福祉会工房の小和田さんの「働くことは権利」との言葉が胸にしみました。

★ この人、アンダーグラウンドな方なんです(笑)今も全面に出てます。

すごく誉め言葉と思ってくださいね。

ぜったい就職するの大変なタイプ、だって履歴書にかける事が少ない。

でも、国内外を放浪した経験や度胸が海外の美術館への展示の時に役にたつんだろうな、

結局みんなのパワーの源の人なんだろうな。採用した法人の器の大きさに感服です。

働くことは権利、私たちにも当てはまりますよね。履歴書も経歴も資格も大切だけど私たちも多様性の一部。

もっとこのセミナーのレポートを詳細に、

みなさんにわかりやすくと考えましたが、

パソコンに向かいながら思い浮かぶことは、今までの自分や文化やアート、

それに対する雑多な気持ちでした。

帰りも仲良く3人交代でハンドルを握り、

無事帰ってきました。楽しかったです。

追記:たんぽぽの家さんのカフェに、

「缶バッジのガチャガチャ」があったんです、

小銭を入れてガチャっと回すと可愛いものが入っているカプセルがゴトっと出てくるアレ。

缶バッジが出てくるガチャガチャ!なんか凄くないですか、

私もみんなの缶バッジガチャをカフェや、

どこかのお店や空港に置きたいいぃぃい。と思いました。

みんなの缶バッジ可愛いんです。でもわざわざ缶バッジ1つ買いにカフェに来ませんでしょ。

でも並んでいるガチャガチャの機械の1つが缶バッジで…と想像したら、

やっちゃう気がするんです。

ガチャガチャ、ゴトって。

ガチャガチャゴト。

ガチャガチャゴト。

秋庭(就労担当)

◆ 伊藤(デザイン担当)のアート化セミナー2019を経て

昨年も参加し、2度目のアート化セミナー。

今回はどんな収穫があるのだろう?とわくわくしながらの珍道中。

4時起きだったため、移動中は白目を向いて船漕ぎ状態だった私も、

たんぽぽの家に着くやいなや、

人の多さになんだかちょっぴり(いや、かなり)身が引き締まりました(笑)

もちろん、講演はしっかり(?)受け、

たくさん吸収し、たくさん自信を失くして、

でも、もっとこうしたい!ああしたい!という

アイデアを生んで帰ってきました。

その中でも、今回の講演で、1番の収穫だなと感じたことは、

「アート」の捉え方を掴んだことです。

え、そんなこと?と思う方が多いかもしれません…が、

今まで、ただ漠然とした「アート」という言葉に、

アートってなんだよ!と、

ハチエイチの担当ながら、明確な答えが出ない自分に、

もやもや、いらいら、ふつふつ、していました。

そんな時、講演でこれを聞き、

私はすごく救われたような気がしました。

アートとは、名前の付けられない表現の「仮の名前」

本来、「アートあるいは、〇〇〇」といったように表すことができる。

名前のつけられない表現(ものや行動)は、時に非常識だと捉えられたり、

それこそ、平準化を求める日本にとって、あまり歓迎はされません。

ただ、そこに「アート」という名のもつ力が加わることで、

まずは人々に受け入れられる準備ができます。

そこから受け入れられ、新たな〇〇〇になるか、アートのままでいるのか…、

アートはあくまで名のない表現たちの受皿であると。

もっとゆるく、柔らかく、

捉えていくべきなんだろうと。

まるでガツンと頭を殴られたような、

でも、すんなりと自分の中で受け入れられた、

しっくりくる捉え方でした。

そして、これを知ったと同時に、私が思ったのは、

アートは、作品ありきではなく「人」だということです。

何かを生み出す際、そこには必ずストーリーがあるし、取り巻く環境も様々です。

障がいアートは、

表現する「過程」に意味がある為、

作品を作ることが目的ではありません。

私は、そこに面白みを感じますし、

利用者さんの作品をみんなに

知ってもらいたい!届けたい!と改めて思いました。

固く捉えない、ということは難しいかと思いますが、

常に何を伝えたいのか、何を見せたいのかを考え、

ゆっくりアプローチしていきたい。

みんな表現者であり、〇〇〇であり、アート。

こんなに楽しい考え方ってないんじゃないかって

なんだか固く固くアートを捉えていた自分が、

少しおかしく思ったセミナーでした。

伊藤(デザイン担当)

つたない文章をお読みになってくださった皆さん、

本当にありがとうございました。

思うことは各々たくさんあるかと思います。

あくまで、これは一個人の考えであり、

共感や反感、様々な意見があって良いと思っています。

このセミナーを通して私たちが思ったこと、

感じたことをレポートにしたことで、

皆さんが何かしら考えるきっかけとなったら、大変嬉しく思います。

お読みいただき、ありがとうございました。